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【資料】小泉総理訪朝各社社説比較


【朝日新聞】

■日朝首脳会談――悲しすぎる拉致の結末 変化促す正常化交渉を

 痛ましい結末が明らかにされた。小泉純一郎首相との会談で、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日総書記が、多数の日本人を国家機関が拉致したことを認めた。北朝鮮側は5人が生存し、8人が死亡したと伝えた。

 金総書記はそのことについて謝罪し、二度と起こさないと約束した。しかし、自らの意思に反して北朝鮮に連れ去られ、帰ることができなかった人たちとその家族の無念さを思うと、いたたまれない。

 国家が隣国の国民をゆえなく誘拐する行為は、テロ行為に等しく、とても許すことは出来ない。多くの被害者が亡くなったことに、家族の一人は「地獄のような残酷な審判を受けた」と語った。想像を絶する耐え難さに違いない。

 ●拉致の徹底解明を

 一方で、北朝鮮が「拉致の事実はない」と言っていたこれまでの態度を百八十度変えたことは、大きな変化が起こりつつあることを印象づけた。この機に、政府は事実関係の徹底解明とともに、北朝鮮の変化を確固たるものにするよう促すべきだ。

 日朝両国の首脳は今回の会談で、国交正常化に向けた交渉の再開に合意した。小泉首相が言うように、日朝関係の改善は、日本だけでなく北東アジア地域の平和と安定を実現するために不可欠である。

 拉致問題が極めて重大なことは言うまでもないが、それを理由に対北朝鮮制裁などで、正常化交渉の窓口を閉ざすべきではない。そうした問題を二度と起こさせないためにも交渉に入るという首相の決断を、植民地支配に対する謝罪表明とともに支持する。

 小泉首相との会談で金総書記は自ら「拉致」という言葉を使った。特殊機関の犯罪であることを認め、責任者を処罰したとも述べた。しかし、これでは不十分だ。

 個々の被害者はいつ、いかなる手段で拉致されたのか。北朝鮮に連れてこられた後の生活はどうだったのか、なぜ死亡したのかなどは、明らかにされていない。

 公表された拉致被害者の中には、日本政府が調査を依頼していない人も含まれていた。まだ他にも拉致被害者がいるとも考えられる。北朝鮮には、さらに拉致の全容を明らかにするよう迫るべきである。

 生存が確認された5人については、早急に家族の面会を実現すべきだ。本人が希望するなら帰国は当然だ。

 金総書記のいう「特殊機関」の説明もなされていない。いかなる組織で、どういう活動をしていたのか。処分の対象者やその内容も不明だ。

 また、金総書記は「特殊機関の一部が妄動主義、英雄主義に走って拉致をした」と述べ、組織的な犯罪を否定する説明をした。しかし、この時期、北朝鮮はラングーンでの韓国要人の爆弾テロ事件など、いくつかのテロ行為に関与したと言われる。一部の跳ね上がり分子による犯行という説明をそのまま信じることは出来ない。

 拉致問題とともに日本にとって重要なことは、北朝鮮と普通の会話ができる関係をつくることである。

 隣国が、いかなる政治意思を持っているのか、どういう経済状態にあるのか、外交や安全保障政策で何をしようとしているのかが全くわからないという現状は、不自然であり不気味でさえある。

 そればかりではない。北朝鮮は国際社会のルールをきちんと守らず核兵器を開発している疑いがもたれている。日本上空を通過するミサイル実験もした。目的のはっきりしない不審船がしばしば現れた。

 拉致問題で明らかなように、北朝鮮は日本国民にとって危険な国でさえある。一日も早く、このような不安定で危なっかしい関係を解消しなくてはならない。

 ●地域の安定のために

 その意味で、公表された「日朝平壌宣言」には一定の前進が見られる。核兵器開発疑惑での国際的枠組みの順守や、ミサイル開発問題での発射実験の無期限の停止などは、日本の主張をはねつけていた従来の対応からは大きく変わった。

 補償問題について、経済協力方式での合意は今後の正常化交渉の土台となりうるものだ。政府はこの好機を生かして、北朝鮮とまともな関係をつくるべきだ。

 このことは、日本だけの問題ではない。北東アジア地域、さらには世界全体の緊張緩和と安定化にもつながろう。

 もとより、一度の首脳会談ですべてが解決するわけではない。残念ながら、北朝鮮は国際社会との約束事をきちんと守り、実行した実績が少ない。金総書記の韓国訪問などを約束した2000年の南北首脳会談などを思い起こせば、合意文書ができたからと言って、安心はできない。

 国際社会での約束事を守らないことが、いかなる結果を生むかは、北朝鮮自身がよくわかっているはずである。首脳会談で、いくらほほ笑んでみせても、約束をほごにすれば、様々な外交的困難を倍加させ、国内の一層の混乱や国民の疲弊を招くことは、歴史が証明している。

 日本政府も核疑惑やミサイル問題などでの合意内容を守りさらに進展させるための努力をすべきだ。今後も、米国や韓国と協調することは欠かせない。さらには、北朝鮮と関係の深い中国やロシアとも話し合っていくことが重要である。

 正常化交渉の再開は、スタートでしかない。拉致問題を含め国交が結ばれるまでに克服しなければならない課題は気が遠くなるほど膨大である。しかし、日朝の対話を継続することが、北朝鮮の経済体制などの改革を後押しする可能性は大きい。

 やっと開き始めた扉を、今度こそ閉めさせないようにしなければならない。


【読売新聞】

[日朝首脳会談]「『北』は平壌宣言を誠実に守るか」

 やっと認めた国家テロの前には、国交正常化交渉再開の合意も、色あせて見える。

 日本人拉致(らち)事件で、安否が気遣われていた被害者のうち、すでに八人が死亡していた。

 北朝鮮の金正日総書記は、小泉首相との首脳会談で、初めて拉致事件の存在を認めた。

 北朝鮮の国家的犯罪であり、北朝鮮がテロ国家そのものであったことを認めたに等しい。

 両首脳は、平壌宣言で十月に正常化交渉を再開することをうたったが、拉致事件の事実関係や責任の所在など、全容解明が大前提である。

 総書記は、拉致事件について謝罪したうえで、特殊機関の一部の犯行だったとし、すでに責任者を処罰した、などと説明した。

 しかし、本当に特殊機関の一部だけの犯行によるものなのか。なぜ、八人もの人が亡くなったのか。

 総書記の説明だけでは到底、納得できるものではない。

 【「拉致」は未解決だ】

 北朝鮮がこれまで、存在しないとしてきた拉致事件を認めたことは、北朝鮮の変化を示す兆候とは言える。だからといって、これで問題が決着したというわけではない。

 事実関係の解明以外にも、様々な課題がある。生存者の家族との面会について時期、手順をはっきりさせることや、遺体の返還、その補償といった問題だ。

 少なくとも、こうした問題について解決を図ることが、交渉再開の最低限の条件である。

 つい最近まで、拉致事件を軽視してきた日本政府や政治家も、その責任は逃れられない。

 特に、外務省には、国交正常化問題に比べ、拉致事件は小さな問題だ、といった空気が強かった。

 コメ支援で、北朝鮮の“歓心”を買おうとした議員外交も、結果的に拉致事件の解決を遅らせた。

 核開発疑惑に関して、総書記は包括的解決のため、関連するすべての国際的合意を順守することを確約した。米朝の枠組み合意に基づく、国際原子力機関(IAEA)の査察なども当然、含まれる。

 【核査察の協議が不可欠】

 ミサイル問題でも、二〇〇三年以降も発射凍結を続ける意向を表明した。その言葉通りならば、一歩前進である。

 核・ミサイル問題は日本のみならず、北東アジア、国際社会全体の平和と安全にとって、深刻かつ重大な課題だ。

 北朝鮮は核開発疑惑にこたえて、査察受け入れに関するIAEAとの協議に速やかに入らなければならない。

 北朝鮮は、日本全土をほぼ射程に入れるノドン一号を配備し、四年前には、テポドン一号が日本上空を飛び越えた。

 日本の安全保障にとってゆるがせにはできない。発射凍結の期間延長のみならず、その開発と配備・輸出の中止を求めていくべきである。

 【日本の主張は通ったが】

 北朝鮮が求める「過去の清算」については、首相が「反省とおわび」の意を伝えた。北朝鮮がこれまで固執してきた「補償」については、いわゆる経済協力方式を軸に検討することで一致した。

 経済協力方式は、日韓国交正常化交渉で、日韓両国が財産・請求権を放棄し、日本の計五億ドルの無償、有償援助で合意した経緯を踏まえたものだ。日本の主張が通ったと言えよう。

 問題は、北朝鮮が合意をどこまで誠実に実行していくか、にある。

 これまでの国交正常化交渉では、北朝鮮が一方的に交渉を中断することがしばしばあった。

 南北間においても、総書記は、一昨年の金大中・韓国大統領との首脳会談の合意事項である韓国訪問を、今もって履行していない。

 北朝鮮がここまで柔軟な姿勢を取るようになった背景には、ブッシュ米政権の強硬な姿勢がある。

 昨年九月の米同時テロ以降、大量破壊兵器のテロリストへの拡散防止の観点からブッシュ大統領はイラクと同様、北朝鮮を「悪の枢軸」と批判し、イラクに対し、武力行使をも辞さない方針を明確にしている。

 食糧難など、深刻な経済上の問題もますます厳しさを増している。そうした事情も大きな理由だろう。

 北朝鮮の動向については、これからも見極めるべき点が多々ある。そのことを忘れてはならない。

 【焦ってはならない】

 「近くて遠い国に終止符を」と、総書記は語った。北朝鮮は、国際社会のルールにのっとって、責任ある国家としての行動を具体的な形で示すべきである。

 日本は原則的立場を堅持して、安易な妥協をしないことが重要だ。苦しい立場にあるのは北朝鮮であって、日本ではない。時間は十分にある。

 北朝鮮との交渉には、米国や韓国とも役割分担をしながら、進めていくことも不可欠である。日米韓三か国の連携強化を通じ北朝鮮を国際社会との協調関係へ転化させていくことが大事だ。

 日朝関係が突出する形で先行するといったような展開があってはならない。

 日本政府は焦らず、じっくりと構えて交渉にあたるべきである。


【産経新聞】

【日朝首脳会談】酷い、あまりにも酷い 「正常化交渉」前に真相究明を

 あまりにも酷(むご)い結末に日本が慟哭(どうこく)した日として、平成十四年九月十七日は記憶されるであろう。

 小泉純一郎首相と北朝鮮の金正日総書記の首脳会談で、拉致被害者五人の生存と八人の死亡が確認された。金総書記が初めて拉致の事実を認め、謝罪したとはいえ、被害者の無事を祈っていた肉親には、残酷きわまりない報であった。日本国民は北朝鮮の国家的犯罪に対し、改めて怒りと悲しみを共有し、さらに真相究明を求めていかなければならない。

≪死亡の経緯を詳しく≫

 金総書記が明らかにしたのは、日本政府が北朝鮮工作員らに拉致されたと認定した八件十一人のうち、蓮池薫さんら四人が生きているものの、横田めぐみさんら六人はすでに死亡し、久米裕さんは入国が確認できないという結果だった。十一人以外で、元日大生ら男性二人の死亡と一人の生存も明らかにされた。

 金総書記は謝罪発言の中で、「わが国の特殊機関の中に妄動主義や英雄主義があり、日本語習得と韓国への侵入のためだった」と拉致の目的を述べ、責任者を処罰したとしている。独裁者が自国の非を認めたことは一定の前進だろうが、この程度では到底、納得できるものではない。

 首脳会談では、この回答を拉致問題の進展とみて、国交正常化交渉を十月に再開することで合意したが、その前に、生存が確認された五人の帰国実現はもちろんのこと、金総書記自身が拉致に関する自らの責任も含め、八人が死亡した経緯などを詳しく説明する必要がある。殺害や処刑がなかったと言い切れるのか。

 金総書記の回答を引き出した小泉首相の決断と努力は、これまでの日本の政治家にはなかった。拉致事件の進展なくして国交正常化交渉に入らないという首相の不退転の決意と毅然とした外交姿勢が、かたくなだった北朝鮮を動かした。

 これまでの日朝交渉で、北朝鮮は拉致の存在すら認めず、被害者の調査を求めただけで退席したり、「行方不明者の調査」を一方的に打ち切ったりして、日本側を愚弄し続けた。日本はコメ支援だけをさせられ、拉致事件は何も進展しなかった。日本政府が早くから、毅然とした外交を展開しておれば、と悔やまれる。「国益」を軽んじ、被害者を顧みなかった一部政治家と外務省の不見識は、厳しく責められねばならない。

 今後の国交正常化交渉で、拉致事件以外の日朝間の懸案事項は大きく分けて、不審船や核査察、ミサイル発射凍結など安全保障上の問題と、日本が朝鮮半島を統治した時代の「過去の清算」問題の二つがある。

≪安全保障問題も急務≫

 安全保障上の問題は、直接、日本国民の安全にかかわる問題であり、日米同盟とも絡む。とりわけ、不審船が北朝鮮の工作船であることが明らかになったいま、北朝鮮の謝罪を求める必要がある。

 一方、過去の清算について、北朝鮮は日本が朝鮮半島を統治した時代の謝罪と補償を求めているが、韓国との交渉も、有償・無償合わせて五億ドルの経済協力を約束した基本条約締結まで十四年かかっている。北朝鮮とも、歴史認識の問題も含めて、拙速は厳に慎む必要がある。

 今回の首脳会談が実現した背景には、北朝鮮をイラク、イランと並ぶ「悪の枢軸」としたブッシュ米大統領の今年一月の一般教書演説があった。日本政府は一年前から水面下で首脳会談の準備を進めていたことを強調するが、それだけで北朝鮮が歩み寄ってきたとは思えない。

 多くの国民は、ここまで非人間的な国家との国交正常化を前提としていたような日朝平壌宣言に納得しがたい思いを抱き、国交正常化交渉の再開そのものも手放しでは喜べないのではないだろうか。とりわけ小泉首相の記者会見と平壌宣言の間には、表現に大きな落差がある。この点も注視する必要があるだろう。


【毎日新聞】

日朝首脳会談 許しがたい残酷な国家テロだ

 拉致事件の被害者は、8人も亡くなっていた。あまりにむごい。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の特殊機関の行為だった。許せない国家テロである。
 小泉純一郎首相が北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記と17日に会談し、拉致された日本人のうち8人の死亡と、5人の生存を確認した。金総書記は謝罪し二度と起こさないと誓ったが、この衝撃と怒りは、容易に乗り越えられない。

 8人は自由を奪われたまま、異境の地で命を落とした。

 新潟から1977年に拉致された横田めぐみさんは、音楽が好きな13歳の中学生だった。ある日突然、特殊機関の工作員に日本から連れ出された。結婚したのだろうか、娘さんが平壌にいるという。有本恵子さんは、83年に欧州で確認されたのを最後に姿を消した。その後、生存を知らせる手紙を届けていた。

 家族のもとへ、どんなにか帰りたかっただろう。

 生存していた2組のカップルは、78年に拉致されてから、実に24年間も北朝鮮に留め置かれてきた。当時はいずれも20代前半で、北朝鮮は彼らの青春を奪った。

 金総書記は小泉首相に「誠に忌まわしいことだ。70年代、80年代初めまで、特殊機関の一部が妄動主義、英雄主義に走った。遺憾であり、率直におわびしたい」と釈明した。日本語の学習や韓国に潜入するためだったという。

 しかし、こんな一方的説明では納得できない。8人が亡くなった理由を、北朝鮮はすべて「病気と災害だった」という。本当か。

●総書記が知らないとは

 家族の中には、事件が表面化し、口封じに殺されたのではないかとの疑いもある。真相は、日朝が合同で徹底的に究明し、明らかにする責任がある。

 連れ去った当時の状況、拉致の目的、拉致された人がどんな暮らしをしていたか、なぜ亡くなったか。それらを、家族と日本国民に報告しなければならない。処罰もどう行ったか明らかにすべきだ。

 テロ行為について、金総書記は、自ら知らなかったという立場を示した。だが、北朝鮮は、父親の故金日成(キムイルソン)主席の下で一党独裁体制を敷いてきた。後継者だった総書記があずかり知らないという説明を、誰が信じようか。

 会談で「おわびしたい」と述べたが、平壌宣言では「日朝の不正常な関係にある中で生じた遺憾な問題」という表現で、片付けてしまった。謝罪の言葉は、今後の公式文書に明記すべきだ。

 報告を聞いた家族は「もっと早く、政府が救出に取り組んでいてくれたら」と悔やんだ。最初の事件から、政府が北朝鮮による拉致と認定した97年まで、20年もかかった。拉致事件を疑問視する政党すらあった。マスコミの報道も、早いとは言えなかった。

 正常化交渉は再開で合意した。拉致された家族は強く反対している。国家テロをしてきた国に援助するような交渉など、とても受け入れられないだろう。しかし、これまで、拉致の指摘に「共和国に対する侮辱だ」と頑強に否定してきた北朝鮮が、全面的に認めたのは、大きな変化である。工作船についても「特殊部隊の訓練だ」として、その活動を認め、今後は行わないと約束した。

 安全保障に関しては、北朝鮮が来年まで凍結しているミサイルの発射実験を、さらに延長する意向を表明した。

 過去の清算は、首相が、日韓併合以来36年間にわたった日本による植民地支配について「痛切な反省と心からのおわび」を表明し、金銭的な償いは経済協力方式で行うことで合意した。

 小泉首相が首脳会談によって、重い扉をこじ開けた努力は、率直に認めたい。首相は交渉再開の理由を「交渉なくして改善は図れない。今後こうした問題を起こさせないためだ」と力説した。交渉に入っても、拉致された人々の早期の帰国や、安全保障上の諸問題が解決しなければ、国交は結ばないという方針を明確にしている。

●重い扉開けた小泉訪朝

 首脳会談で扉が初めて開いたのだから、正常化交渉の再開は、現実的判断なのではないか。

 そこで、交渉に当たって、守るべき原則を確認したい。

 北朝鮮が本当に「謀略国家」を捨てたかどうかだ。拉致事件は20年以上前の行為としているが、現在も活動している工作船は、テロ行為そのものではないのか。覚せい剤や偽ドルが北朝鮮からも持ち込まれているという日本の不信感は、容易に払しょくできない。

 実際金総書記は、拉致事件を「大きくない問題」ととらえ、国内向けには「行方不明者」のことだと説明している。

 日本からの経済協力が、軍事増強に使われないための、明確な保障措置が必要である。ミサイルは、日本と国交を結んでも、なお開発と配備を進めるのか。核開発疑惑は、米国など国際社会全体が懸念している。無条件の査察を早期に受け入れる必要がある。

 食糧危機で多くの子供が飢え死にし、中国へ脱出する難民がいる一方で、なぜ100万人もの兵力を抱えるのか。人権抑圧も指摘される。日本の支援が、「金王朝」といわれる独裁体制の延命や強化につながるとして、米国などには反対する声もある。

 北朝鮮は、国際的に信頼される国に変わる必要がある。

 30年前、日中の国交正常化に当たって、日本国内が沸き立った。今回は冷め切っている。仮に政府間で国交締結に合意しても、国会すなわち国民が納得しなければ、正常化協定は承認されない。

 北朝鮮が隠し続けてきた衝撃的な事実を、首相はあばいた。だが、あまりに想像を絶している。北朝鮮は、この日の約束を具体的に果たすことだ。すべてはこれからである。


【日本経済新聞】

日朝国交正常化交渉の重苦しい始まり

 小泉純一郎首相と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日総書記による初の首脳会談が17日行われ、拉致問題での悲惨な結末が明らかになった。金総書記が事件を謝罪した点は評価できるとしても、日本側が拉致認定した8件11人中、生存者が4人であったことは痛恨の極みだ。両国は10月から国交正常化交渉を再開するが、その前に亡くなった人々の死因など、究明すべきことが少なくない。正常化交渉ではこの点をはじめ、今回の合意をどう掘り下げ、約束の実行を保障する仕組みをどう構築するかが大きな課題だ。

拉致問題の悲惨な結末

 横田めぐみさん、有本恵子さんをはじめ、北朝鮮に拉致され亡くなった人々に、心から哀悼の意を表したい。同時に北朝鮮に対し、正常化交渉に入る前に、死亡に至った経過を明確にし、生存者を早期帰国させるよう求める。死亡した人々の多くは、生きていればまだ中年の域に達したところで、死因に疑問がある。

 金総書記は拉致の事実を明確に認め、謝罪し、「これからは絶対にない」と述べた。北朝鮮が事件そのものを長い間否定していたことや、この国の従来の高圧的な対外姿勢からみても、異例のことではある。日本との国交正常化を切望する金総書記の誠意の表れとも、それだけ同国が追い詰められているとも解釈できよう。

 共同宣言も、拉致問題を「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題」と表現し、「このような遺憾な問題が再び生じないよう適切な措置をとる」と記した。金総書記の発言とあわせ、北朝鮮側の再発防止への明確な意思表明といえよう。

 日本側は国交正常化交渉に入るための懸案として拉致問題のほかに、(1)国際原子力機関(IAEA)による核査察の受け入れ(2)ミサイル開発の自制(3)日本海周辺での工作船の活動自粛――などの安全保障上の要求を行ってきた。

 これについて、双方は「国際法を順守し、互いの安全を脅かす行動をとらない」ことを確認した。そして「朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を順守」し、「ミサイル発射のモラトリアムを2003年以降も延長する意向」を表明した。また北東アジア地域の平和と安定維持のために、関係国間で「信頼醸成を図るための枠組みを整備していくことが重要との認識」で一致した。安全保障面でも北朝鮮は日本側の要求を取り入れて一定の譲歩をしたといえる。

 日本側は過去の植民地支配への「痛切な反省と心からのおわびの気持ち」を表明。北朝鮮に対して国交正常化後に無償資金協力や低金利の長期借款を供与することを約束した。経済が危機的状態にある北朝鮮は、7月から諸物価と賃金を大幅に引き上げ、通貨ウォンを米ドルに対して従来の約70分の1に切り下げるなどの改革に乗り出している。諸物価を闇市場の価格にさや寄せし、物資の流通と労働者の勤労意欲を上げようとの試みだ。

 物資の供給体制が整わないと、この試みはハイパーインフレを起こして失敗する可能性が大きい。その意味でも日本の援助が早急に欲しいところであろう。共同宣言は「国交正常化を早期に実現する」とうたっているが、北朝鮮側に正常化を急ぐ切実な事情がありそうだ。

細心で粘り強い交渉を

 しかし、一昨年の韓国と北朝鮮の首脳会談でも、北朝鮮は多くの合意事項を実行していない。今回の日朝首脳会談では、確かに諸懸案について北朝鮮側がかなりの譲歩、妥協をしている。問題は実行である。特に米国が神経をとがらす安全保障上の懸案については、あいまいな合意内容にとどまっている。

 国交が正常化し、援助が始まれば合意の実行が遅れる恐れもなしとしない。ブッシュ米政権は北朝鮮の現体制に強い不信感を持っている。日本の経済援助が北朝鮮の大量破壊兵器の開発、輸出を促すことのないように十分な保障措置が必要だ。この問題の解決なしに日本が北朝鮮と国交を正常化すれば、日米の同盟関係にひびが入る懸念がある。北朝鮮の大量破壊兵器が日本にとっても重大な問題であることは、言うまでもない。

 むしろ日本は北朝鮮の国内状況や対外姿勢の変化を慎重に見守りながら、米韓との緊密な連携のもとに、細心かつ粘り強い正常化交渉を行うべきであろう。また国交を正常化した後も、相手の約束の実行状況に応じて、経済援助を段階的に供与するなどの方法を検討すべきだ。

 政府・外務省の一部には、米国がイラク問題に追われ、韓国の金大中政権が残りわずかの今が北朝鮮との正常化交渉を進める好機、との考えがあるようだ。しかし、功を焦ると後に大きな禍根を残すことにもなりかねない。


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